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ョタが、ここに自動車工場の建設を決定したのは1986年12月、2年後の1988年11月から「カローラ」の生産が始まった。
1994年11月には設備の大増強が決まり、1998年1月から「カムリ・ソラーラ」の生産が始まった。 さらに2000年4月、このカナダエ場でSUVタイプの「レクサスRX330」を生産することが発表され、2003年9月216日、最初の「レクサスRX330」がロール・オフした。
工場に入ると、「レクサス」の生産ラインへの入り口には、きれいなプロムナードが用意され、従業員は「レクサス」のマーク入りの作業衣で仕事をしている。 特に重要な生産工程では、黄色の札が張られ、マニュアルに沿って念入りに作業が行われる。
例えば、「レクサス」では、フロント・ドアとリア・ドアのすき間の誤差が0.7ミリを超してはならないとか、塗装に含まれる不純物は一台あたり4グラム以内に留める、といった作業マニュアルがある。 黄色の札は、特に重要なチェックポイントをアピールするために置かれ、カナダエ場では全部で34カ所にのぼると言う。

なかには、車内のカップホルダーやルーフがスムーズに作動するよう、騒音が出ないことを確かめるチェック・ポイントもあるという。 T社が、初めての「レクサス」海外生産工場としてカナダエ場を選んだのは、1988年の工場立ち上がり後、たびたびJ・D・パワーの「品質賞」を受賞するなど、高度な品質の要求される「レクサス」の生産工場にふさわしいと判断したからである。
T社では、それまで生産していた「カムリ・ソラーラ」をケンタッキーエ場に移設し、新たに「カローラ・マトリックス」の生産を始めるとともに、「レクサスRX300(ハリアー)」の生産を始めた。 生産に従事するにあたって一番重要なのは、きわめて精度の高いクルマを生産することに対する従業員の自負心をいかに高めるか、従業員の情熱を高めるための『マインド・セット」だった」TMMC社長のレイタンゲイは語っている。
エレクトロニクスを専攻し、1991年にTMMCに入社して以来T社の生産方式を現場で学んできたタンゲイは、「レクサス」を生産するにあたり、なにが重要なのかを従業員に徹底するため、「レクサス」を生産する田原工場や九州工場を見学させるとともに、日本で「レクサス」生産ラインに従事する従業員をカナダエ場に招くなど、徹底的な研修を実施した。 カナダエ場で生産する「レクサスRX330」を日本で生産しているのはT社自動車九州だった。


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